のどかな春の1日
色とりどりの花を見つめながら、私は黙り込んでいた。
風に揺られて花々は気持ちよさそうにしている。
空は青くていい天気だ。
いつもなら、ポケモンたちと遊んだり、バトルの練習に励むのが私の主な1日の過ごし方なのだ。
でも今はとてもじゃないけどそのような気分にはなれない。
私はしゃがみこんだまま、時々両手で両足をぎゅっと抱え込むようにしたり、頭を振ったりしていた。
昨日、トウガンさんとのジム戦に負けたのだ。
「こんにちは。ヒカリ。」
悔しいのに泣けなくて、泣きたいのに泣けなくて、何をどうしたらいいのかわからない私に、のんびりとした声が届いた。
聞き覚えのある声に、誰だかわかっていて振り返って見れば、やはりゲンさんだった。
「……こんにちは。」
声をかけられて返事をしないことは私の性格上許せないことのひとつだ。
だから、たとえそれがどんなに沈んだ声になってしまったとしても、律儀に返した。
「ヒカリは花が好きかい?」
急になぜそのようなことを聞くのだろうか?
ゲンさんは勝手に私の横に座った。
そして、一緒にいたルカリオはその隣に腰を下ろす。
しばらくして私は答えた。
「ええ、まあ。」
「そうかい。」
私は風が変わったような気がした。
いや、風というかその場の空気が変わった気がしたのだ。
(私、ひとりじゃないんだ。)
そこで、どっと疲れたかのように、はたまた安心しきったように私はひざの中に顔を埋めた。
「うん……不思議だね、こうてつ島に花があるのは。」
私はとうとう返事をしなくなった。
ゲンさんに失礼だとは思いながらも、そのまま話を聞いていたいと思ったのだ。
今の私にはどんな言葉を口に出したらいいのかわからないから――。
「でも、買って来たのは私なんだ。」
私は驚いて思わずゲンさんの横顔を見た。
朝、ふらりとこうてつ島に来た私はこの謎のプランターに気がつき、それからずっとここに居たからだ。
「どうしてゲンさんがお花のプランターを買って、しかもここに置いておいたんですか?」
やけに説明口調の私。だが、気になどしている余裕はない。
予想外の出来事のおかげで、素直な気持ちが外に出たのだろう。
ようやく私は少しだけ体をゲンさんの方に向けて、返事を待った。
「うん、なんでかな。昨日、ルカリオとミオシティに行ったんだ。その時にこれを見かけて、いいな〜と思ったんだよ。」
ゲンさんはそこで1度口を閉じた後、目の前に広がる岩場から、私の顔に視線を移した。
「そうしたら、ヒカリのことを思い出したよ。」
不意の発言に耐え切れず、私の顔は赤くなる。
「な、なんでそこで私につながるんですか!?」
「なんでだろうね?」
考え込むようにゲンさんは首をかしげている。
それが計算でもなく、駆け引きでもないことを私は知っている。
(期待損みたいだな。)
そうは感じたものの、果たして私は何に期待をしたのだろうか?
その時の私にはまだ自分の気持ちはわからなかった。
「そうだ。ルカリオが教えてくれたんだよ。今日、ヒカリに会えそうだって。」
「ルカリオが?……波動を感じたのかな?」
そうだ、というようにルカリオがうなずく。
そして、それ以上は話さなくてもいいというように、ゲンさんの服を軽く引っ張った。
しかし、ゲンさんはそれが別の合図だと思ったらしく、微笑んで言った。
「そうだね。」
ルカリオはそれに対して訂正を求めることはしない。
それよりも、ゲンの言うことが何を意味しているのかわかっているようで、どこからかお茶とお菓子を取り出した。
「さあ、お茶にしよう。」
どうしてこういう流れになるのか、読めないパターンに私は落ち込んでいた事をしばし忘れ、そのことをおかしく思った。
「うん?ヒカリ、何がおかしいんだい?」
私は笑い声をあげそうになるのを必死で堪え、けれども肩を震えさせながら
「その、さっきから気になっていたんですけど、ゲンさんの『うん』って口ぐせなんですか?」
「うん……?あ!本当だ。」
「ふふふ、今さら。」
「そうは言われても、こうしないと話しにくいというか、うん、口ぐせだね。」
唯一、冷静なルカリオが、器用に3つのカップにお茶を入れ、きれいに割った板チョコを受け皿に乗せている。
それをわざわざ私のところまで持って来て、手渡ししてくれた。
「ありがとう。」
そこで合ったルカリオの目が普段よりも優しかったので、私はどきりとした。
(初めて見た…………心配してくれていたのかな?)
「ああ、ありがとう、ルカリオ。」
ゲンさんもそれを受け取り、ルカリオが再び座ったところで、私はお茶を一口飲んだ。
「おいしい。」
「うん、それは良かった。」
私はもう笑わなかった。
「ゲンさん……私、昨日、トウガンさんとのジム戦で負けたんです。」
やっと言えた。
「うん……。」
ゲンさんは言葉を探しているようだった。
「ヒカリ、私はね、こうしてヒカリとそれにルカリオと一緒に過ごせてよかったと思っているよ。」
受け皿からチョコを取るとゲンさんは口に入れた。
「うん、チョコもおいしいな。」
何も言いはしないが、ルカリオももぐもぐと食べている。
私も真似してチョコを取るともぐもぐと口を動かした。
「ゆっくりでいいんじゃないのかな?人それぞれ考え方はあるけど、今日はこういう日でもいいんじゃないのかい?」
色とりどりの花。気持ちのいい風。青い空。
ここには私だけじゃなくて、ゲンさんがいて、ルカリオがいて、それに――
それに腰につけているモンスターボールの中に私のパートナーたちがいる。
心の奥に新しい感情が芽生えた。
「みんないますものね。」
「みんながいるからね。」
新しい感情にうれしくなった私の声と、そっと大切なことを伝えてくれたゲンさんの声が重なる。
次いで、2人で笑った。
「ええと、それでみんなも呼んでいいですか?」
「もちろん。実はポフィンも持ってきてあるんだ。」
すぐにルカリオがポフィンが入った袋を差し出してくれた。
「ゲンさん、本当にありがとうございます。それにルカリオも、どうもありがとう。」
私は勢いよくモンスターボールを投げた。
「みんな、出てきて!一緒にお茶にしよう!!」
その後――
「みんな、誤解だよ!!」
ゲンさんたちと「また、今度。」と挨拶を交わした帰り道、みんなが私のことをからかってきた。
珍しく、モンスターボールに入れずに一緒に歩いているから、やりたい放題だ。
気落ちしてみんなに謝って、それからみんなを待たせたままだった私。
それが、先ほど、みんなを呼んだ時には打って変わって元気になっていたから。
「違うよ!ゲンさんのことは好きだけど、みんなのことも好きだよ!!」
心配してくれていた分、みんなじゃなくてゲンさん、そしてルカリオに頼ったことが納得いかないらしい。
そのため、しばらくの間、私はみんなからゲンさんとの仲をつつかれることになった。
「だーかーらー!例えば、私はゲンさんもチョコも好きだし、ゲンさんだってチョコが好きで、私のことはその好きと同じような感覚だってば!!」
けれども、その好きの感覚がいずれどうなるのかは誰にもわからない、ということは確かに否定はできないのだった。