たまにはそれも
「ヒカリ、元気ないね。」
ゲンの一言に、ルカリオはうなずいた。
度々こうてつじまに来るヒカリ。
やけに多くなったその足向きに
(何の意味があるのだろうか?)
と自分に心当たりがないかと考え込むゲン。
だが、彼にはいくつか浮かんできたどの答えにも満足がいかなかった。
先ほどから黙って彼の家の近くで、ぼーっと突っ立っているだけのヒカリを見つめているゲンを
ルカリオが同じく見つめている。
ヒカリがこうてつじまにやって来る時間はまちまちだったが、来れば必ずゲンのところへ顔を出した。
そして、彼とあいさつ程度の話を交わすと、それ以上特に用事はないといった様子で
彼がお茶に誘うも言葉を濁してそそくさと外へ出て行き、夕方まであのように過ごすのだ。
このように、繰り返される2人の言動。
これでもう5回目だ。
「うう〜ん……。」
ゲンがもう降参だ、と言わんばかりにため息をもらした。
考えていても始まらない。
心当たりがないなら何かしら他の方法で動いてみるしかない。
けれど、どうすればいいのかも分からない。
「困ったなあ。」
もともと彼は、人の悩みに深入りするようなお節介な性格ではなかったが、
どうもヒカリのこととなると放ってはおけない気持ちになるのだ。
しかし、普段から――誰かに適切なアドバイスをもって、手を差し伸べる――という事をしているわけではない。
だから、余計に彼は彼で悩みの輪にはまったまま動けずにいた。
彼の相棒のルカリオとて、適当な対処を思いついたかどうかは定かではないものの、
彼よりかは早い決断力があったようだ。
ルカリオはひとり遠くを見つめているヒカリを見、今度は額に手を当てて真剣に悩んでいるだろうゲンを見、
さらに、もう1度ヒカリのどこかさびしそうな横顔を自分の目に映すと、
彼の服の袖を引っ張った。
「ルカリオ?」
「どうしたんだい?」と問いかける彼にルカリオは耳打ちをした。
「……なるほど、たまにはそれも必要だね。」
ゲンは
「ありがとう。」
とルカリオの頭を感謝の意を込めて、少し強めにくしゃくしゃとなでた。
ルカリオはそれにうれしそうな声を出して応える。
その後で、ゲンにヒカリの元へ行くようにすすめると、ゲンは微笑んで
「そうしよう!」
と玄関の戸を開けた。
「ヒカリ!」
これまで、ゲンから声をかけられるのは夕方、暗くなってきた時だったので、
ヒカリは少し驚いた表情を見せた。
彼がヒカリに近付くと、目に見えてこわばっている体に緊張感を漂わせていることが分かる。
思わず苦笑いになってしまうゲン。
ヒカリの両目がみるみる見開いていく。
「あ、あのさ、ヒカリは明日もこうてつじまに来るかい?」
「……。」
キュッと結ばれたヒカリの口はなかなか開きそうもない。
ゲンは続けた。
「もしよければ、明日、私の家に夕飯を食べに来ないか?」
突然の誘いにヒカリが一歩下がる。
いつもの元気なヒカリなら思いがけない彼の発言に、すぐ飛びついて来るだろうに、
今回のヒカリの元気のなさは、かなりのものらしい。
「ガウ。」
ルカリオが助け舟を出した。
「そうそう、ルカリオもヒカリに自分が作った料理を食べて欲しいと言っているよ。」
ヒカリはちらっとルカリオの顔を見る。
ルカリオはそれを受け止めるようにヒカリから目を離さなかった。
興味を持ってくれたヒカリに何とかして来てもらおうと、ゲンは考えを巡らせた。
「あ〜、それから……実は明日は……そう、お祝いの日なんだ。だから……ヒカリにぜひ来て欲しいんだ。」
すると、ヒカリの顔に、やけにたどたどしい物言いが引っかかります。という文字と、
何のお祝い何ですか?という言葉が、彼には書いてあるように読めた。
「何のお祝いかは……明日のお楽しみだよ。」
妙に明るい声。
ヒカリをだまそうとして嘘をついたわけではないとしても、あまりの演技の下手さに彼は自分が情けなく感じられた。
その思いが波導となり届いたのかは知らないが
彼の不自然な姿がこっけいに思えたらしいヒカリは
「ふふっ。」
と笑い声をもらす。
久々の笑顔にゲンは素直にほっとして、
「じゃあ、明日、待っているからね。」
と優しく声をかけて、船着場から手を振りつつ、ルカリオと共にヒカリを見送った。
「さて、ルカリオ、何を作ろうか?いつもチョコレートとお茶ばかりだったからね。栄養があるものを食べさせてあげたいな。」
「ガウル。」
「そうかそうか、ルカリオはずいぶんと自信があるみたいだね。よし、では私もヒカリのために腕を振るおうか!」
次の日になり、昼を過ぎた頃、ヒカリはやってきた。
ゲンの家の戸をたたくと、
「ちょっと待って!」
と返事が聞こえた。
しばらくすると、ルカリオが戸を開けた。
「こんにちは、ルカリオ。」
今日の誘いが楽しみなのか、昨日会った時よりもヒカリの顔色は明るい。
「ゲンさんは?」
と問うヒカリに、ルカリオは「準備中だから。」と首を横に振り、まだ入らないでほしいと戸を閉めた。
外へ出てきたルカリオは、ここ数日間よりも温かく、ちょっとは落ち着いたヒカリの波導と心地よい風を感じている。
戸が閉まる直前に、家の奥から、カシャン!という物音とゲンの「しまったなあ。」というかすかな呟きが聞こえた。
すぐさま、心配そうな顔つきに変わるヒカリ。
だが、「大事ない。」とルカリオは片手を前へ伸ばすと、ヒカリに視線を送り
「散歩に行こう。」
と伝えた。
「……うん。」
ヒカリとルカリオが並んで歩いている。
(そう言えば、ルカリオと2人で歩くのは初めてだな。)
色とりどりの花が、こうてつ島のわずかばかりある緑の大地の上で揺れている。
ヒカリはしゃがみ込むと
「かわいい。」
とささやいて、花に触れた。
すると、ルカリオがその側に座った。
どうやら一休憩という意味らしい。
ヒカリとルカリオは何を話すわけでもなく、ただただそろって温かい風に吹かれていた。
夕方近くになり、ルカリオが立ち上がった。
ヒカリを見て、ルカリオが家に帰ろうと誘う。
「うん。」
とヒカリはうれしそうにそっと返事をして、ルカリオの隣に立った。
ルカリオが戸を開けると、家の中からいいにおいがしてきた。
それにつられて
(お腹がすいたなあ。)
と思うヒカリ。
「おかえり。」
と2人を迎えるゲン。
テーブルの上にはいつもは見たことがないようなごちそうが並んでいる。
ごちそうと言っても、ヒカリのママが心をこめて作ってくれるような料理が並んでいるのだが、
ゲンの家でそのような光景を見るのは初めてだった。
椅子に座り、3人は
「いただきます。」
と声をそろえた。
「おいしい!」
というヒカリの第一声に、顔を見合わせて微笑むゲンとルカリオ。
「それは良かったよ。」
「……そう言えば、お祝いの日って言っていましたけど、何のお祝いなんですか?」
そう尋ねたヒカリの口調は以前と変わらないものだった。
それを聞いて、心の底から安心したゲン。
だが、すぐに返答すべき言葉を探さなくてはいけない状況に陥る。
「え〜と、それは……。」
少し経ってから、ゲンはヒカリをまっすぐ見て、優しくこう言った。
「ヒカリが私の家で、ルカリオと私と一緒に夕食を食べたお祝いの日だよ。」
それを聞いたヒカリの顔は見る見るうちに笑顔になった。
精一杯私のことを考えてくれて、喜ばせてくれたゲンさんとルカリオに感謝。