また会いましょう

 

わたくし、桜並木を歩いていましたの。

広い道路の両側に桜がたくさん並んでいて、その道の真ん中をひとり歩いておりました。

それはきれいな桜が咲いていて、ずっと見ていたいくらいです。

でも、用事を済ませてジムへ帰る途中でしたから、そうゆっくりもしていられません。

おっとりしたジムリーダーだとジムのみなさんにはよく言われますが、

度を過ぎては迷惑をかけてしまいますものね。

それでも、ちらちらと吹く風に舞い散る桜に何度か足を止めてしまった……。

はっと気がつくと、10分くらいはあっという間に経っていて、

わたしくはわたくしなりにあせるのですけれど、

普段の緩やかな足取りは、そう簡単には速まってはくれません。

(急がなくては……。)

そう思えば思うほど、体が自由に動かなくなるのです。

そして、誰かれに

「すぐに帰ってきてくださいね。」

と言われたわけでもないのだから、

(そんなに慌てなくてもいいのではないのかしら?)

と思ってしまう。

人に比べたら、私の動作は「遅い」のかもしれないけれど、

こうも心に余裕がなくなってしまうのであれば、

まるで散り急ぐ桜のようで、悲しくなってしまいます。

(わたくしったら、何を感傷的になっているのでしょう?)

つい立ち止まって目をこすったわたくし。

その時、桜の木の近くで物音がしました。

(誰かいるのかしら?)

わたくしがそちらに目を向けると、木から木へと移りゆくように、シュッシュッと何かが動いていましたの。

それを追っているうちに、どうやら赤色と黒色の服を着た人物らしいことが分かったんです。

そこでもしやと思いまして、わたくしは声をかけました。

「あの……キョウさんでは……いらっしゃいません……か?」

それは絞り出すような小さな声でしたのに、相手の方はすぐに動きを止めました。

「おお、これはエリカ殿。」

「ごきげんよう、キョウさん。」

わたくしは、シュビッと自分の前に飛んできた(ように見えましたわ。)キョウさんに丁寧におじぎをしました。

そして、迷いつつも、思いきって尋ねましたの。

「あの……一体何をなさっていたのですか?」

「む?……ははは、確かに疑問に思うのも無理はない。」

「も、申し訳ありません。」

キョウさんは分別のある大人の方ですから、笑って流してくださいましたけれど、

わたくしはやはり無礼な真似をしてしまったのだろうと、身の縮む思いでした。

おそらく赤くなってしまった顔を気にしながら、わたくしがうつむいていますと、キョウさんは不思議そうに言いました。

「どうかしたのか、エリカ殿?」

「いえ、わたくし、キョウさんに失礼なことを申し上げてしまって……。」

「かっかっかっ……わしは別に気にしてはいませんぞ。」

「そ、そうでしたか。」

「それよりも――。」

そう言って、キョウさんは桜の花を眺めるように顔を上げました。

「とてもきれいな桜でござるよ。」

「え?……ええ、はい、わたくしもそう思いますわ。」

そうして、キョウさんとわたくしは、静かに桜を見つめておりましたの。

「エリカ殿。」

「本当に……きれいですわ……。」

「エリカ殿もきれいですぞ。」

「あっ!申し訳ありません。キョウさん、わたくしを呼ばれましたか!?」

わたくしの悪いくせなのです。

すぐに自分の世界に入ってしまう。

先ほど、キョウさんに自分の名前以外のことを言われた気がするけれど、きちんと耳に入れていなくて聞き逃してしまった。

それでも、キョウさんは気に障ったということは全くないようで、

再び大きな声でわたくしの失敗を笑い飛ばしてくださいました。

「いやいや、女性をほめる時は気をつけたほうが良いですからな。」

「一体何のお話――。」

「そう言えば、エリカ殿の質問にまだ答えておりませぬな。わしは桜を愛でていたのでござる。」

「そうなのですか?」

「そうでござる。」

「ずいぶんと機敏に動いていらっしゃいましたから、お仕事か何かかと思いましたわ。」

「むむ、そこは痛いところでござるな。どうもゆったり過ごすのは性に合わないのだ。」

それを聞いて

(ああ、この方はわたくしと正反対の方なのですね。)

と、少しさびしく感じました。

けれども……。

「だから、エリカ殿がうらやましい。」

「えっ?」

思いがけない発言にすっとんきょうな声を出してしまいました。

恥ずかしい。

しかし、キョウさんはそのまま話し続けますの。

「忍びとしての機敏さと忍耐力には自信があるのでござる。

だが、心穏やかにゆったりとした時間を過ごすことに関しては、そうしたくても心と体が反するのでござるよ。」

「まあ……。」

わたしくは心底残念そうなキョウさんが気の毒に思えて仕方がありませんでしたわ。

何か出来ることがあれば良いのですけれど……。

「せっかくの美しい桜を悠々とした気持ちで眺めることができないとは嘆かわしいことよ。」

「そう……ですが、きっとキョウさんにはキョウさんにしか見えない景色があるのではないでしょうか?」

「む〜、ほほう。なかなかおもしろいところに目をつけられる。そして、実際にそうとも言える。」

キョウさんの目がくりんといたずらっぽく動きました。

すると、どうしたことでしょう?

わたくしはその穏やかな視界に包まれたような気がしたのです。

「エリカ殿、こちらへ来られよ。」

「は、はい。」

大きな歩幅に遅れまいとわたくしはキョウさんの背中を目指して、急ぎ足で歩きました。

たどり着いた場所は、最初にキョウさんがいた桜の幹のすぐ側です。

「見てみるでござるよ。」

キョウさんの後ろから、(何が見えるのかしら?)とドキドキしながらわたくしが顔を覗かせるようにして、

桜の花というよりも、幹の並びを目と肌で感じれば、これまでとは違って見える世界。

桜も道も変わっていないはずなのに、角度が変わるだけでこれほどまでに異なるなんて……。

(わたくし、ついついお花ばかりに目がいっていましたわ。それにいつも“同じ道”ばかりを選んでいたのですね。)

視線をずらして、これまで来た道を振り返り見れば、それさえも別世界のように感じられる。

「どうでござるかな?」

「気に入りましたわ。とても……とても気に入りましたわ!キョウさん、ありがとうございます!!」

うれしくなって、新しい出会いに喜びを感じて胸がいっぱいになって、わたくしは自然と笑っておりました。

その気持ちが、キョウさんにも通じたのでしょうか。

「お礼を言うのはこちらでござるよ。エリカ殿、和やかな時間を過ごせたのはあなたのおかげでござる。」

そうわたくしに話しかけるキョウさんも、柔らかい表情をしておりましたの。

「良かったですわ。ふふっ、ええ、そうですわね。キョウさんのおっしゃる通り、わたくしたちは穏やかな時間を過ごしておりますわ。」

すると、突然、キョウさんの口元が引き締まったので、

(『わたくしたちは』などと言ってしまったのは、やはり浮かれすぎかしら?)

とわたくしは心配に思ったのですが、どうやら違ったようでした。

「エリカ殿、よろしければ、次はあじさいを共に見には来ぬか?」

(あじさい……。)

わたくしはきれいなあじさいを共に見る風景を思いました。

それは急な申し出ではありましたけれど、わたくしはそのお話がうれしかったのです。

ですから、素直に答えました。

「はい。楽しみにしております。」

「そうか。ではまた会おう。」

「また、お会いましょう。」