自分の好きな人が自分が相手を想っている以上に、自分のことを大切に想っているのはくやしくてはずかしくて腹ただしい

〜前編〜

 

「ポケモンピンポン?」

聞き慣れない言葉を聞いて、あたしの眉間にしわが寄る。

「そうじゃ、ヒカリさんから聞いたんじゃが、なかなかおもしろそうでのう。」

「へえ、そうかい?勝負ならいつでも受けて立つよ?」

不敵な笑みを浮かべて見れば、相手はニコニコと楽しそうな微笑みを返してきた。

「決まりじゃな!」

どこからか早速用意の良い事で、オーキドはポケモンピンポンに必要な物を取り出した。

そしてあたしにラケットを手渡し、説明をする。

「ふうん、ポケモンとペアでやるんだね。確かにおもしろそうだ。」

お気に入りのポケモンを互いにモンスターボールから出してスタンバイはOKだ。

(ポケモンピンポンをするのは初めてだけど、オーキドに負けるわけにはいかないよ!!)

その気迫が通じた隣のあたしのかわいいポケモンも今や同じオーラをまとっている。

一心同体のあたしたちに敵うもんか!

「キクコ、手加減はせんぞ!」

「それはこっちのセリフだよ!」

どこまでも常にオーキドには強気で挑む。

けれど実のところ、オーキドのじじいに未だかつて勝ったことがないんだ、あたしは。

(ええい、本当に腹が立つ!)

きっとあんたに勝てないこと以上に、あたしのははらわたが煮えくりかえることなんてないのだと思う。

なんてことを考えている間にヒュッと自分の顔をかすめた物体。

「キクコ!?」

あたしがはっと気がついた時には、あたしのポケモンがそのボールを受け止めて、こちらを心配そうに見ていた。

「ああ、あたしは何ともないよ。」

すぐにそう声をかけてやると、あたしのポケモンは落ち着いたのだが……。

「キクコ、大丈夫か!?」

反対側のコートからあたしの様子を見にオーキドがわざわざ回って来るではないか。

「すまん。わしが目を離した隙に……ただわしのポケモンはボールで遊んでいただけなんじゃが、うっかり――いや、それよりも怪我はないか?」

「あんたねえ、大げさなんだよ!あたしはこの通りどこも……ひゃっ!!?」

情けない声を上げてしまったのには訳がある。

オーキドの手があたしの頬に触れたからだ。

「う〜む、怪我はないようじゃな。」

「あ ん た な に し て……。」

ぐっと硬直してしまう自分もまた情けない。それ以上にいきなりこのような事をするオーキドもオーキドだ。

いくら、いくらこの前からあたしたちは付き合う仲になったからって……。

(うう……不慣れなものは、不慣れなんだよ!)

万が一にでもわずかな傷があったらどうするとでも言うように、オーキドはじっとあたしを見ている。

あまりにもオーキドが真剣な顔をしているので、あたしは動くに動けない。それでも我慢の限界はあるから、あたしはついに叱咤した。

「いいかげんにその手をどけな!!」

あたしがそう叫んだので、オーキドは

「ああ……。」

と委縮し戸惑ったような声を出すと、手を下ろした。

そして、あたしもそれに合わせるわけではないが、下を向いた。

耳が熱い。きっと顔も赤いのだろう。

(はずかしい……。)

「キクコ。」

オーキドに呼ばれて返事をするつもりが、うまく声が出ない。

それでもオーキドは続けた。

「やめにしよう。」

「!?」

その言葉を聞いてあたしは思わずぱっと顔を上げる。

「何言ってんだい、あんた?」

「ポケモンピンポンはいきなりできるものではない。」

「さっきの事を気にしているんだったら、あたしは平気――。」

固持するあたしを諭すようにオーキドはあたしの目を見つめながら言う。

「わしはキクコとポケモンピンポンはしたくない。」

「あんた……勝負から逃げる気かい!?たったあれだけのことで!!」

「練習もしとらんわしらがやるのは危険じゃ。」

「そんなのいいわけだよ!ポケモンバトルだって十分、危険が伴うじゃないか!」

だが、オーキドは首を横に振って、あたしが何を言おうと考えを変える気はないことを伝えた。

「卑怯者!!」

「好きに言えば良い。」

「だったら、ポケモンバトルだって、あたしとじゃしたくないとでも言うのかい!?」

「それは……。」

「どうしてあたしと勝負するのを嫌がるんだ!あたしがあんたより――。」

これ以上は唇を噛みしめるのが精いっぱいで言えなかった。

やはり“弱い”なんて認めたくはない。

「そうではない。」

「じゃあ、なんで!?」

あたしがつめよると、オーキドは「分かった。」というように両手を上げた。

「しかし……言うとキクコは怒ると思うからのう。」

「どういうことだい?」

「怒らないか?」

「もう怒ってるよ!!」

「そうか。」

「そうだよ!!」

そこまで言って、ぜーはーとあたしは肩で息をした。つい白熱し過ぎて呼吸がうまくできていなかったらしい。

「キクコの顔に怪我でもさせてしまったら嫌なんじゃよ。」

「そんなことで――。」

「キクコのかわいい顔に怪我でもさせてしまったら嫌なんじゃよ。だから、わしはやりたくないんじゃよ。」

「……。」

オーキドがポケモンピンポンをやりたくないわけは、『キクコの顔に怪我でもさせてしまったら嫌』――だからだ。

つまり、あたしを傷つけたくないから。あたしを守りたいから。

オーキドがあたしを……好きだからそう思うのであって、ただの我がままでポケモンピンポンをやりたいというわけではない。

「キクコ?」

より熱くなった、いや、火照っている顔を両手で覆うようにしているあたし。

何も言わずうつむいているあたしを見つめるオーキドのとても心配そうな顔。

気遣うその態度に、ますます居心地が悪くなったあたしは一言。

「馬鹿っ!!」と叫び、その場を離れた。

オーキドの顔面にラケットを投げつけて……。