名前
今日はバレンタインの日だ。
「なんであんたがここにいるんだい?」
「キクコに用があってな。」
「リーグじゃなくてかい?」
何やらうれしそうな顔が腹立だしい。
つっけんどんに用件とやらを聞いてやれば、
思ってもみなかった答えが返ってきた。
「チョコをくれ。」
「はあ?」
あたしの前に差し出された手。
大きな手だ。
いや、そうではなくて
「どういうこと?」
と言いたげに眉間にしわを寄せると、その手は下がった。
「なんじゃ、用意してくれとらんのか?」
「当り前じゃないか!」
「キクコとわしの仲なのに。」
「あんたとは何の関係もないよ!!」
「切っても切れない縁があるじゃろう?」
それなら思い当たる節がないわけではない。
幼なじみ――
「うるさいねえ。無い物はないんだ!とっとと帰っておくれ。」
「じゃあ、これ。」
さっと片手をつかまれて、その上に置かれた物はチョコレートだった。
「!」
「キクコに。ハッピーバレンタインじゃ♪」
「…………あんたが何を考えているのかは知らないけれど、お返しなんてしないからね!!」
「それなら、今ここでもらおうか?」
「だからチョコは持ってないっていっているだろう!」
「チョコ以外でもいいぞ。」
なんだい、さっきからニコニコしながら、この行事のためにはしゃいだりしてさ。
わざわざあたしのところに来なくたって、
オーキド博士宛てになら、いくつかチョコを貰っているんだろう!?
“オーキド博士”宛てになら――
「……ありがとう。」
「うむ。では、そろそろ研究所に戻ろうかのう。」
「そうしな。」
オーキドはくるりと背を向けて歩いていく。
大きな背中が遠ざかって行く。
(昔とは変わったものだねえ。)
『チョコ以外でもいいぞ。』
再度浮かんだその言葉で、あたしはひらめいてしまった。
あたしがオーキドにあげられる物。
(やれやれ仕方ない。押し付けられたとは言え、受け取ってしまったからね。)
あたしは叫んだ。
「ユキナリ!」
あいつが振り返った。
それはうれしそうに微笑んで……。
あたしもつられて口元が緩む。
けれど、あの距離だ。きっと気づかれてはいないだろう。