すてきなお兄さん
ひまだと思う。
今日はあのうるさい奴も来ないようだ。
(そういや、シンオウリーグにカントーからキクノさんにそっくりな誰かが来てるってオーバが騒いでいたな。しかも、“四天王”という話だ。)
「……いいなあ。」
きっと四天王なら強いのだろう。ポケモンバトルのやり応えは十分と見た。
だが、肝心の相手がいない。
ジムの奥で寝っ転がっていたデンジは、よっと体を起こした。
「へえ、ここがシンオウで1番強いジムリーダーがいるジムかい。」
奇遇にも、キクコはナギサジムの前に立っていた。
オーバという青年が見物をすすめたからだ。
その時、ジムのドアが開き、ひとりの男が出てきた。
「……キクノさん?」
何気なく声をかけてみれば、人違いであった。
「あ、スミマセン。」
「いいや。ところで、ここのジムリーダーとやらはおるのかえ?」
「ジムリーダー?ええと………あ、俺のことだ。」
やけにマイペースなデンジ。
キクコはだるそうなデンジの顔をチラとだけ見ると、黙って背を向ける。
そして、その場を去ろうとした。
だが……。
「俺、デンジって言います。」
それまでとは異なるどこか力の入った声。
キクコは立ち止まった。
「良かったら、中にどうぞ。ええと……。」
「キクコだよ。」
キクコはデンジが何を考えているのか探るような目つきで言った。
「じゃあ、キクコさん、どうぞ。」
「なら、遠慮なく入らせてもらおうかねえ。」
デンジはスタスタとキクコの前を歩いて行く。
これまでシンオウで出会ったアットホーム―キクコにとってはうるさいぐらい―な人たちとは違うこの男に
キクコは興味を抱いていた。
あらゆるものに冷めていそうな目つきをしているのに、心の奥にある炎は確かに燃えている――
そう感じさせるものがあるとキクコは直観した。
(おもしろそうだねえ。)
キクコがドアの前にたどり着くと、デンジが待っていた。
「俺は先に行って、お茶の準備でもしていますんで、来てください。」
「このあたしにジム戦に挑戦しろとでも言うのかい?」
「やりたくないなら、ここのトレーナーには事前に言っておきますんで、そのまま俺のところまで進んでください。」
「フェッフェッフェッ……目が合ったら、バトル――それがポケモントレーナーだろう?」
キクコのニヤッとした顔を見て、デンジは満足そうにうなずく。
「おいしいお茶を用意しておきます。」
そう言い残すと、デンジはキクコを置いて行ってしまった。
「温かいお茶が飲みたかったら、さっさと来いって話だね。いいだろう。たまにはこういうのもいいものさ。」
キクコはやけに色とりどりの電飾が施されたジムを見回しながら、目を光らせた。
「あ、早かったですね。」
「話にならないよ。」
キクコは近くにあった椅子にドサッと腰を下ろす。
デンジはキクコの前へお茶が入ったカップを置き、その横にチョコレートとクッキーが乗ったお皿を置いた。
「どうぞ。」
「いただくよ。」
デンジは反対側の椅子に座り、お茶を飲んだ。
(さて、どうしようか?)
デンジはキクコとポケモンバトルがしてみたくてしょうがなかった。
(どう見ても、キクノさんに似ている噂の人って、この人だよな?)
外見は似ているが、雰囲気が全然違う。
キクコから発せられる強いオーラの色にデンジは魅かれていた。
(この人なら、今まで俺がしてきたバトルとは別の形を見せてくれるんだろうな。)
無意識のうちに、デンジはキクコの顔をじっと見ていた。
キクコは目をつぶったまま、お茶を飲み、時にお菓子を手に取り、しばらくの間くつろいでいたが、突然、口を開いた。
「何か言いたいことでもあるのかい?」
バシッと互いの目が合った瞬間、デンジは火花が散ったような感覚に陥った。
キクコの鋭い物言いと目つきに、思わず圧倒されたデンジはついと目をそらす。
すると、キクコは再び、落ち着いた様子でこう言った。
「おいしいねえ。」
「え?」
「悪くない味だ。」
「……お茶が?それともお菓子――?」
デンジは普段のモードを取り戻し、ぶっきらぼうに尋ねる。
「ああ?両方ともかねえ。お茶の淹れ方ががきちんとなっている男は悪くないもんだ。」
「それはどうも。ちなみにお菓子はオーキド博士にいただきました。」
「!……そ、そうかい。」
思わぬところで、思わぬ人物の名が出てくるものだ。
デンジは微かにたじろんだキクコをおもしろいと思った。
(あー、ますますこの人とバトルがやりたくなったなあ。)
先ほどから、一言
「バトルがしたい!」
と言い出せないでいる自分にもどかしさを感じつつも、デンジは話題を変えた。
「ところで、これ、良かったらシンオウのみやげに持って行ってください。」
どこからともなく手のひらサイズぐらいの板を2つ取り出すと、デンジはデーブルの上にそれらを並べた。
「なんだい、これは?」
「シンオウマップの電子版です。今なら、お安くしておきます。」
「あんた、あたしにこれを売りつける気かい!」
デンジはわざと大げさに首を横に2、3回振った。
「なら、俺にバトルで勝ったらタダで差し上げましょう。」
「欲しくないから、バトルはなしでいいよ。」
キクコはお菓子に手を伸ばした。
「そのお菓子、ずいぶんと気に入ったみたいですね。」
「そんなことはないさ。」
ひょうひょうとしているキクコに対して、デンジは引き下がろうとはしない。
「それでしたら、奮発してあなただけに大サービス!実はこれ、発信機がついているんです!」
「ああ、そうかい。」
聞く気のないキクコ。
「そう!オーキド博士の居場所が常にわかる優れもの……なんじゃ、はっはっはー。」
想定外の機能と棒読み状態のデンジのオーキドの物まねに、キクコはうっかりカップを落としそうになった。
「……あたしにはあんたの考えていることが分からないよ。」
「よくそう言われます。おほめにいただき光栄です。」
「ほめてないよ。」
「ところで――。」
いきなりデンジは立ち上がった。
「すっかり忘れていましたが、そろそろオーキド博士が来る時間なんです。ジムを改造したと言ったら、見たいとおっしゃって……。」
「何だって!?」
キクコも立ち上がった。
「まあまあ、そうはしゃがずに……。では、俺はお茶の準備をするので、オーキド博士を迎えるの、頼みます。」
「なんで、あたしが――。」
ガシャン!!
ジムの入り口の方から大きな物音が聞こえてくる。
「また迷っているみたいだな。」
「あたしにはわけないけど、あいつにはここに来るのは無理なんじゃないのかえ?」
キクコがそう言っている間に、デンジはキクコの手に電子版を2つ押し付けた。
「これ、記念にどうぞ。片方オーキド博士に渡してください。そっちは、いつでもキクコさんの居場所が分かる仕組みになってます。」
「あんたはプライバシーの侵害って言葉を知らないのかい!?」
キクコの声がジムに響いた。
「大丈夫です、冗談ですから。まー、付けようと思えば付けられるんで、いつでも言ってください。」
デンジはそのまま、湯のみを取りに行こうと歩いていく。
「あたしは行かないよ!」
「それでもいいですけど、できれば行ってあげた方がいいですよ。選ぶべき道を間違えると、放電を受ける仕組みになっていたような、いないような……。」
「人をおどそうとしたって――。」
「ぃみぎゃああああ〜〜〜!!」
「アレ?本当にそうしちゃったんだ、俺。やり過ぎたかな?」
デンジはボリボリと頭をかきながらも気にしていない様子だ。
「オーキド!!」
キクコはしぶしぶ、来た道を戻ることに決めた。
慌ててオーキドの所へ行くキクコを見送りながら、デンジは手を振る。
「キクコさ〜ん、戻ってきたら、バトルしましょうね〜!」
「誰があんたとなんかバトルするもんか!!」
「……連れない返事だなあ。ま、いいか。これで約束はしたわけだし。」
「オーキド!」
「おお、キクコか?それとも幻か?」
キクコは世話がやけるだの、このドジだのと、ののしりながらもオーキドに手を貸した。
「何言ってんだい!しっかりしな。」
「うむ、面目ない。これはこれで楽しいジムの作りだと思うのじゃが、わしにはレベルが高すぎるのう。」
散々、迷ったらしいオーキドはボロボロであったが、まさかキクコが助けに来てくれるとは思ってもみなかったようで、それはうれしそうな顔をしていた。
そのオーキドの背後に、にゅっと人影が現れる。
「そこまでおほめいただけるなんて、どうもありがとうございます。」
「おお、デンジくん!」
「あんた、いつの間に!?」
「よくお越しくださいました。来た早々ですみませんが、オーキド博士、ジム戦の審判をしてもらえませんか?」
「ほほう、これから、ジム戦をするのか?それは楽しみじゃ。良いじゃろう。」
キクコはデンジをキッと見据えた。
「だからあたしはやらないって言ってんだろう。」
「先ほど、約束しましたし、何より、『目が合ったら、バトル――それがポケモントレーナーだろう?』と言ったのは、キクコさんですから。
やったー、カントーの四天王とバトルができるぞ。やったー。」
「おお、相手はキクコじゃったか!いいではないか。これほど、デンジくんも喜んでいるわけだしのう。」
「だいたい、その棒読みな言い方と、その冷めた眼差しをしている奴とはバトルする気は起きないねえ。」
キクコは嫌味たっぷりな口調でそう言ってはいるが、表情は獲物を見つけた動物のようにいきいきとしている。
「ふふ、お見通しというわけですね。俺、ポケモンバトルの時は目の色、変わりますよ。」
「そうかえ?すぐに元の色に戻らないといいけどねえ、フェッフェッフェッフェッフェ……。」
元気になったオーキドがこぶしを上げた。
「よし!では奥へ行ってジム戦開始じゃ!!」
「あ!オーキド博士、そっちは……。」
バシュン!!
小さな爆発音が聞こえた。
「あ〜あ。」
「やれやれ。ジム戦は、あいつが目を覚ましてからやろうかねえ。」
「そうですね。」